── 目的のない時間の難しさ
20代の頃は、
もっと気軽に遊べていた気がします。
なんとなく集合して、
買い物をしたり、カラオケに行ったり。
特に目的がなくても成立していた。
好きな音楽が同じ友達とライブに行く。
映画を観て、その感想を話す。
“何をするか”より、
一緒にいること自体が遊びだった気がします。
30歳を超えると、「共通」が減っていく
でも30代に入ると、少しずつ状況が変わっていく。
結婚する人がいる。
子供が生まれる。
仕事が忙しくなる。
生活リズムも、価値観も、少しずつ分岐していく。
すると自然に、
以前はあった“共通の時間”が減っていく。
「何する?」が急に難しくなる
昔は、
集まれば自然に流れができていました。
でも今は、
「久しぶりに会おう」となったとき、
ふと考える。
何したらいいんだろう。
学生時代みたいに、
何時間も街を歩き回ることも少なくなった。
カラオケに行く感じでもない。
買い物も、目的がないと長続きしない。
結果として、
“会う理由”が必要になる。
男同士の「会話だけ」は、意外と難しい
これは、自分が男性だからというのもある気がします。
女性同士だと、
ランチやカフェで、
数時間ただ話す。
それ自体が成立しやすい。
でも男性同士だと、
「会話だけ」を続けるのが少し難しい。
だから、
何かしら“目的”が必要になる。
スポーツ。
サウナ。
ゲーム。
あるいは、お酒。
特にアルコールは、
“話す理由”を自然につくってくれる。
遊び方が変わったのではなく、「関係性」が変わった
ここで感じるのは、
遊び方そのものがわからなくなったというより、
関係性の形が変わったということです。
20代の頃は、
同じ場所にいて、
同じテンポで生きていた。
でも30代になると、
それぞれの人生が動き始める。
だから、
昔と同じ遊び方が成立しなくなるのは、
ある意味自然なことなのかもしれません。
「遊ぶ」は、“共有する”に変わっていく
30代以降の遊びは、
刺激を求めるというより、
時間を共有する感覚に近くなる。
近況を話す。
考えていることを話す。
少しだけリセットする。
昔みたいな“熱量”はなくても、
その時間がちゃんと必要だったりする。
「何をするか」より、「誰といるか」
20代の頃は、
コンテンツそのものが重要だった。
どこに行くか。
何をするか。
でも年齢を重ねると、
少しずつ逆転していく。
何をするかより、
誰といると自然でいられるか。
その比重が大きくなる。
問い
あなたは最近、
「遊ぶ」という感覚を持てていますか。
ただ予定をこなすのではなく、
少し力を抜いて、
誰かと時間を共有する。
大人になると、
遊びは自然発生しなくなる。
だからこそ、
意識的につくらないと消えていく。
30代以降、遊び方がわからなくなるのは、
感性がなくなったからではありません。
むしろ、
人生の形が変わったからこそ、
昔と同じ方法では成立しなくなった。
だから必要なのは、
20代の遊びを再現することではなく、
今の自分たちなりの“遊び方”を更新していくことなのかもしれません。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉