── 「何者か」より「どう生きるか」
20代の頃、
なんとなく、
「何者かになりたい」
と思っていました。
別に、
「世界を変えたい」
とか、
「歴史に名前を残したい」
とか、
そんな大それた話ではありません。
もっと身近なところで、
有名な会社に入りたい。
起業してみたい。
人から認められたい。
すごいと思われたい。
そんな気持ちがありました。
「すごい人」になりたかった
20代の頃は、
周りからどう見られるかを、
今より気にしていた気がします。
どんな会社にいるのか。
どんな仕事をしているのか。
何を成し遂げたのか。
どんな肩書きを持っているのか。
そういうものが、
自分の価値の一部のように感じていました。
だから、
「何者かにならなければ」
という気持ちが、
どこかにあったのだと思います。
でも、30代になると少し変わってきた
もちろん、
今でも仕事は頑張りたいです。
自分が作ったものを、
世の中に出したい。
良い仕事をしたい。
自分のやりたいことにも挑戦したい。
でも、
「何者かになりたい」
という気持ちは、
昔ほど強くありません。
仮に、
ものすごく有名になったとしても。
大きな会社を作ったとしても。
たくさんの人に認められたとしても。
家に帰ったら、
結局いつもの自分です。
大切な人は、そんなに変わらない
自分が何者になったとしても、
自分のことを大切にしてくれる人は、
意外と変わらないのだと思います。
家族。
身近な友人。
一緒にご飯を食べる人。
くだらない話をする人。
自分が落ち込んでいるときに、
気にかけてくれる人。
そういう人たちとの関係は、
肩書きや知名度とは、
あまり関係ありません。
100万人に知られていても、
家族との夕食が楽しくなるわけではない。
有名になったからといって、
友人との旅行が、
突然100倍楽しくなるわけでもない。
そう考えると、
「何者かになる」ということの意味が、
少しずつ分からなくなってきます。
幸せは、意外と地味なところにある
人生を長い目で考えてみると、
大切なのは、
案外もっと普通のことなのかもしれません。
家族とご飯を食べる。
友達とくだらない話をする。
好きなものを買う。
趣味を楽しむ。
旅行に行く。
美味しいものを食べる。
仕事で、
「今日はいい仕事ができたな」
と思う。
そんな一日を、
何度も積み重ねていく。
それだけでも、
十分幸せです。
「何者か」より「何をしているか」
20代の頃は、
「自分は何者になるんだろう」
と考えていました。
でも今は、
「今日は何をしよう」
くらいの方が、
大切なのかもしれないと思います。
何者になるかではなく、
誰と過ごすか。
何をして過ごすか。
どんな時間を過ごしたいか。
そういうことの方が、
人生には直接的に効いてくる。
もちろん、
大きな夢を持つことは素敵です。
起業したい。
有名になりたい。
大きな仕事をしたい。
そんな気持ちを、
無理に捨てる必要もありません。
ただ、
それがなくても、
幸せに生きていい。
そう思えるようになったこと自体が、
30代になってからの、
一つの変化なのかもしれません。
20代の頃は、
「何者かになりたい」と思っていた。
30代になって、
「別に、何者にもならなくていいか」
と思うようになった。
そして、
その代わりに、
「大切な人と、どういう時間を過ごしたいか」
を考えるようになった。
もしかすると、
人生で本当に欲しかったものは、
「何者か」という肩書きではなく、
その先にあると思っていた幸せな時間そのものだったのかもしれません。
だから今は、
何者かになることより、
今日をちゃんと楽しみたい。
家族と過ごして、
友人と遊んで、
仕事をして、
好きなものを作って、
たまには旅行をして。
そんな普通の日々を、
少しずつ良くしていく。
それくらいが、
ちょうどいいのかもしれません。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉