「説明できない違和感」は、だいたい無視しない方がいい

「説明できない違和感」は、だいたい無視しない方がいい


── 言葉になる前の感覚

「なんか嫌だな」

「なんとなく、こっちの方がいい気がする」

「この人、なんとなく信用できる」

そう思ったことはありませんか?

理由を聞かれても、

「いや、なんとなく……」

としか答えられない。

でも、そういう感覚って、意外と無視しない方がいいのかもしれません。










「理由はないけど、なんか違う」


デザインの仕事をしていると、こういう瞬間がよくあります。

デザインを見て、

「なんか違う」

と思う。

でも、何が違うのか説明できない。

色なのかもしれない。

形なのかもしれない。

余白なのかもしれない。

バランスなのかもしれない。

あるいは、そのどれでもないのかもしれない。

仕事では、

「なぜこのデザインにしたのか」

を説明する必要があります。

だから、

「なんとなく、こっちの方が好きです」

だけでは、なかなか通りません。










でも、「説明できない=根拠がない」ではない


最近は、

何事にも理由や根拠が求められるようになりました。

データ。

数字。

調査結果。

ユーザーの声。

もちろん、それらはとても大切です。

特に仕事では、

「なんとなく」

だけで意思決定するのは危険です。

でも、

だからといって、

説明できるものだけが正しいわけでもないと思います。

例えば、

初めて会った人と話していて、

「この人、なんとなく信用できるな」

と思うことがあります。

逆に、

「この人、なんとなく苦手だな」

と感じることもある。

その時点では、

何がそう感じさせているのか分からない。

でも後から振り返ると、

話し方だったり、

表情だったり、

言葉の選び方だったり、

ちょっとした違和感だったり。

自分でも気づいていなかった情報を、

無意識に拾っていたのかもしれません。










感覚は、言葉になる前の判断なのかもしれない


人間は、

すべてを論理的に考えてから判断しているわけではありません。

見た瞬間に、

「こっちの方がいい」

と感じることがある。

音楽を聴いて、

「この曲好きだな」

と思う。

絵を見て、

「なんか惹かれる」

と思う。

時計を見て、

「このデザイン、かっこいい」

と思う。

その理由を後から考えることはできます。

でも、

最初にやってくるのは、

言葉ではなく感覚です。

もしかすると、

感覚とは、論理よりも先に出てくる「仮説」のようなものなのかもしれません。










ただし、感覚を信じすぎるのも危ない


もちろん、

「直感は絶対に正しい」

という話ではありません。

人間の感覚は、

思い込みにも左右されます。

先入観もあるし、

その日の気分にも影響される。

だから、

「なんとなく嫌だから絶対にダメ」

ではなく、

「なんとなく嫌だ。なぜだろう?」

と一度立ち止まる。

これが大事なのだと思います。










デザイナーにとって、これは特に重要


デザインは、

すべてを数字で説明できるものではありません。

もちろん、

使いやすさや視認性、

サイズや重量、

市場性やコストなど、

論理的に考える部分はたくさんあります。

でも最後には、

「こっちの方が美しい」

「この形の方が気持ちいい」

という、

どうしても感覚に委ねる部分が残ります。

むしろ、

そこを扱うのがデザイナーの仕事なのかもしれません。





だから私は、

仕事で「なんか違う」と思った時、

その感覚をすぐに捨てないようにしています。

もちろん、

そのまま「なんとなく」で押し通すわけではありません。

そこから、

「なぜそう感じたんだろう?」

と考えてみる。

そうすると、

最初は言葉にならなかった違和感が、

少しずつ言葉になっていくことがあります。

「ここの余白が狭いからかもしれない」

「この色の組み合わせが少し重いのかもしれない」

「全体のバランスが崩れているのかもしれない」

感覚が、

言葉に変わっていく。

感覚を、論理で後から追いかける

 

私は、

これがデザインの面白いところだと思っています。

最初に、

「なんか違う」

という感覚がある。

その後に、

「なぜ違うのか?」

を考える。

つまり、

感覚が先にあって、論理が後から追いかける。

そんな順番でもいいのだと思います。

日常でも、

「なんとなく今日はこっちの道を歩きたい」

「なんとなく、この店に入ってみたい」

「なんとなく、この人には相談してみよう」

そんな瞬間があります。

もちろん、

全部の直感を信じる必要はありません。

でも、

理由が説明できないからといって、

その感覚を無かったことにする必要もない。

もしかすると、

自分でもまだ言葉にできていない何かを、

自分の感覚が先に見つけているのかもしれません。

「なんとなく」は、根拠がないのではなく、
まだ自分が言葉にできていないだけなのかもしれない。






それではまた明日──


SOWN 代表

片倉

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