仕事をしていると、
ある日ふいに、重たいものを渡される瞬間があります。
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今までより大きな案件を任される
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プロジェクトリーダーを任される
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判断を委ねられる立場になる
「期待されている」と分かるからこそ、
その分、重く感じる。
受け身になると、途端に苦しくなる
こういう時、多くの人が考えます。
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自分にできるだろうか
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失敗したらどうしよう
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期待を裏切ったらまずい
この思考は自然ですが、
一気に受け身の姿勢に引きずり込まれるのが問題です。
期待を「試験」だと捉えた瞬間、
仕事は急に苦行になります。
期待は「不安」じゃなく、「裁量」
見方を変えると、
期待されるというのは、
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口出しされにくくなる
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判断を任せてもらえる
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自分のやり方を試せる
つまり、裁量が渡された状態でもあります。
だから本当は、
「おぉ、自分に任せてくれるんだ。やったぜ」
くらいで、ちょうどいい。
うまくいかなかったら?
ここで一つ、冷静な事実があります。
もし本当にどうしようもない結果になったとしたら、
究極的には「任せた側の判断」でもあります。
これは責任転嫁ではなく、
組織の構造としての現実です。
任せると決めた上司は、
失敗の可能性も含めて判断しています。
だからこそ、
任された側が縮こまる必要はありません。
「自分なら、こうやる」を持つ
大事なのは、
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正解を当てにいくこと
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無難にこなすこと
ではなく、
「自分なら、こうやって進める」
というハンドルを握る感覚です。
強気とは、傲慢になることではありません。
主体的に舵を取る、ということです。
期待は、重荷ではなくハンドル
期待がのしかかった時こそ、
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待ちの姿勢にならない
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指示待ちに戻らない
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自分の視点で考える
その瞬間から、
仕事は「任務」ではなく「挑戦」に変わります。
期待は、背中に背負うものではなく、
手に渡されたハンドル。
どう走るかを決めるのは、
もう自分です。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉