暇な日こそ、「料理」をしよう

暇な日こそ、「料理」をしよう

 

── 消費ではなく、つくる時間

最近、休みの日に時間があると、
料理をすることが増えました。

もちろん毎回ではないですが、

特に予定がなく、
少し時間に余白がある日ほど、

ちゃんと料理をしてみたくなる。


 

 

 

 

料理は、意外と“重たい作業”

 

料理って、思っている以上に工程が多い。

何を作るか考える。
買い出しに行く。
食材を下準備する。
火を入れる。
盛り付ける。

しっかり作ろうと思うと、
普通に1〜2時間くらいかかることもある。

正直、仕事終わりに本気でやるのは難しい。

疲れていると、

どうしても簡単なもので済ませたくなる。


 

 

 

 

 

でも、料理には“ちゃんと終わる感覚”がある

 

それでも料理をしたくなるのは、

やったことが、目に見えて結果になるからかもしれません。

切った。
焼いた。
味を調整した。

そうやって積み重ねたものが、

最後には“料理”として完成する。

しかも、

その場ですぐ食べられる。

これは意外と大きい。


 

 

 

 

 

「つくる時間」は、頭を整える

 

料理をしていると、

自然と頭が切り替わります。

段取りを考える。
同時進行する。
味を調整する。

完全に無心ではないけれど、

仕事とも違う種類の集中。

そして、

スマホを見続ける時間とも違う。

つまり料理は、

**“受け取る時間”ではなく、“つくる時間”**なんだと思います。


 

 

 

 

 

暇な日ほど、「消費」に偏りやすい

 

休みの日に予定がないと、

ついコンテンツを見続けてしまうことがあります。

動画。
SNS。
アニメ。

もちろん、それも必要な休息です。

でもそれだけだと、

一日が終わったあとに、

「何もしていない感覚」が残ることがある。


 

 

 

 

 

料理は、“小さな達成感”をくれる

 

その点、料理には小さな達成感があります。

完成する。
食べられる。
場合によっては誰かに振る舞える。

しかも、

難しすぎない。

仕事ほど重くなく、
でもちゃんと頭と身体を使う。

このバランスがちょうどいい。


 

 

 

 

問い

 

あなたは最近、

「つくる側」の時間を持てていますか。

ただ消費するだけではなく、

少し手を動かして、
何かを完成させる。

それだけで、

休日の満足度は意外と変わるのかもしれません。


 

 

暇な日は、

つい楽な方へ流れてしまう。

だからこそ、

少し時間と手間をかけて料理をしてみる。

それは単なる自炊ではなく、

自分の時間をちゃんと使った、
という感覚を取り戻す行為なのかもしれません。

 

 

 

 

 

それではまた明日──

 

SOWN 代表

片倉

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