“効率的に学ぶ”だけでは、心が動かなくなる
大人になると、学びは「時間対効果」で語られがちです。
短時間で資格を取る、効率よくインプットする、最短距離で結果を出す──気づけば“学び=投資”のように捉えてしまいます。
でも、本当に心に残る学びって、
何の役に立つか分からない“寄り道”から生まれることが多くありませんか?
子どもの頃のように、意味なんて考えず
「なんか面白い」
それだけで動いていたときのほうが、好奇心は深く、しなやかでした。
効率を求めるほど、意外と学びは浅くなる。
これは大人になるほど実感する真理です。
“遊び”が生むのは、情報ではなく「解像度」
遊びながら学ぶと何が変わるのか。
それは ものを見る解像度 が上がるということです。
例えば、ただ写真を撮るだけの散歩も、
・光の入り方
・影の落ち方
・建物の質感
・人の動き
こうした細部に気づくようになる。
効率とは真逆の“寄り道だらけの時間”こそ、
世界を見る目を細かくしてくれる。
知識は検索すれば手に入るけど、
“解像度”は遊ばないと手に入りません。
これはデザインでも人生でも同じだと思います。
遠回りな好奇心は、思わぬ場所で線になる
一見、関係なさそうな興味が、
ある日ふっと「一本の線」になる瞬間があります。
読んだ漫画、旅先での風景、ふと耳にした音、
意味もなく撮った写真、
寄り道して見つけたカフェ。
それらは単体では無価値に見えるけれど、
ある瞬間に“自分だけの視点”としてつながる。
大人の学びの醍醐味は、点が線になる瞬間にある。
効率的な勉強では得られない、
世界にひとつだけの“感性の地図”ができていくのです。
遊びのない大人は、感性が痩せていく
忙しさの中で効率ばかり求めていると、
確かにスキルは身につきます。
でもその一方で、
・驚かなくなる
・感動しにくくなる
・アイデアが湧かなくなる
・人の気持ちが入りづらくなる
そんな“感性の疲弊”が起きやすい。
遊びは、心のストレッチ。
余白があるから、人はまた深く学べる。
遊ぶことは、サボることではありません。
未来の自分のための“感性の栄養補給”です。
学びたい時こそ、少し寄り道をしよう
学びに伸び悩んだり、刺激がなくなったりしたとき、
大人が本当にやるべきことは “勉強を増やす” ことではなく、
遊ぶことを増やす ことです。
・気になる喫茶店に入ってみる
・雑誌をパラパラめくる
・知らない道を散歩する
・音楽を“何となく”で選ぶ
・惹かれた色を身につける
目的のない行動は、人生の無駄ではありません。
むしろ “目的のない時間こそ、未来を生む” のが大人の学びです。
遠回りこそが、最短距離になることがある
効率が大事なのは確かです。
でも、効率だけを求めている人生は、どこか痩せてしまう。
寄り道、無駄な時間、役に立つか分からない興味。
それらがやがて、あなたの個性になり、視点になり、武器になる。
大人の学びは、
「遊び」が深くし、「遠回り」が豊かにする。
そんな余白のある学び方を、
大切にしていけたらと思います。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉