・はじめに
八月になると、毎年ふと思い出す曲があります。
People in the Boxの「八月」。
はじめて聴いたのはもう随分前だけど、毎年この時期になると、自然と耳にしたくなる。
それくらい、夏の終わりと結びついている曲です。
この曲は、聴きやすいメロディの中に、とても情緒的なメッセージが込められていて、
心の奥にずっと残るような言葉が散りばめられています。
人によって感じ方は違うと思いますが、個人的には、
「消えていく季節の空気」と「何かに疲れてしまった人の姿」が重なって見えてきます。
・夏の終わりと終末感
歌詞に出てくる「きみ」という表現。
これが自分のことを指すのか、友人や家族のことを指すのかは、聞く人の解釈に委ねられていると思います。
この“きみ”は実際にどんな人物なのかは描かれません。
けれど、海岸線に這いつくばる姿だったり、まわりの喧騒と距離を置いているような描写から、
心が少しずつ削れていっているような、繊細な感情が伝わってきます。
そして、それが“夏の終わり”という季節と見事にリンクしている。
強い日差しや熱気が少しずつ静かになっていくこの季節は、
なにかの“終わり”を感じさせるのにぴったりなんです。
・選べるのはひとつだけ
"きみの世界で選べるのは、ただひとつだけのボタンさ"
"機械のように「その階には止まりません」"
このフレーズが、最初のサビで登場します。
選択肢がたくさんあるように見えるこの世の中で、
実際には本当に選べるものって、ひとつしかなかったりします。
何かを選ぶことで、何かを手放す。
何かに進むことで、何かには進めない。
それが日常の中で繰り返されていて、でもそれを明確に意識することってあまりありません。
だからこそ、この言葉はとても静かだけど、どこか切実に響いてくるのだと思います。
「選べるのはひとつだけ」
その選択の中に、迷いや葛藤があったとしても、それでも、きみは今ここで息をしている。
それがこの曲の中で、唯一描かれる“希望”のような気がします。
・世界の不条理
「織り成す世界は壮大なジョーク」
この一文は、ある意味でこの曲の核心に近い部分かもしれません。
日々暮らしていると、納得いかないことや、理不尽な出来事にぶつかることがあります。
努力が報われないときもあるし、まじめに生きていても、理不尽な目に遭うこともある。
そんな世界を前にして、「それでもこの世界は正しいんだ」と思うのは、時にとても難しい。
だからこそ、“壮大なジョーク”と少し笑ってみせることが、
唯一の肯定なのかもしれません。
世界をすべて真面目に受け止めてしまったら、苦しくて前に進めない。
だから一歩引いて、ジョークとして受け入れる。
この言葉には、皮肉とともに、諦めと、そして静かな強さが込められているように思います。
・人の渦に削られる
「笑うまわり」「這いつくばるきみ」
この対比がとても印象的です。
周囲の人たちは笑っていても、その中にいる“きみ”は、苦しさを抱えている。
社会の中で、誰かの正解に無理やり合わせようとしたり、
まわりのスピードに必死でついていこうとして、自分をすり減らしてしまう。
その“削られていく”感じが、この歌詞の中ではとても丁寧に描かれている気がします。
そういう時、まわりの人たちの笑い声すら、自分を孤独に感じさせてしまうものです。
・冗談にしか聞こえない
日常の中で、頑張っても報われなかったり、
正直者が損をするような出来事に直面したとき、
「冗談にしか思えない」と、思わずため息が出ることがあります。
でも、それはただの皮肉ではなく、きっと“本気の冗談”なんだと思います。
笑ってしまうくらい、不条理で不完全なこの世界。
それでも、そこにちゃんと立って生きている“きみ”や“わたし”の姿。
理屈では説明できないような痛みや迷いを抱えながら、
それでも前を向こうとしている私たちの在り方が、
「ジョーク」という言葉の奥にある気がします。
もしかすると、世界をまるごと真面目に受け止めすぎないために、
“冗談”として片づける術が必要なのかもしれません。
それが逃げではなく、生き延びるための一つの強さになる。
この曲はそんな「力の抜き方」を、そっと教えてくれているように感じました。
・まとめ
People in the Boxの「八月」は、
痛みも不条理も、終わりも、そして静かな希望も、
すべてが淡いグラデーションのように混ざり合っている楽曲です。
明るくはないけれど、どこまでも優しい。
声を張り上げることはないけれど、ちゃんと心に届く。
八月という季節が、何かの終わりを告げるタイミングであるように、
この曲もまた、何かを手放す人の背中を静かに見送ってくれている気がします。
「選べるのはひとつだけ」
でも、たったひとつを選んででも、生きる価値はある。
そう教えてくれる、大切な一曲です。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉