人は“理解された瞬間”に、少し冷める

人は“理解された瞬間”に、少し冷める

 

── 共感が終点になるとき


「それ、わかるよ」


この一言に救われた経験は、きっと誰にでもあります。

理解されることは、安心で、やさしくて、必要なものです。


でも同時に、

理解された瞬間に、なぜか気持ちが少し冷める

そんな経験はないでしょうか。


 

 

 

 

■ 共感は、前進ではなく“着地”になることがある

 

悩みを話して、

考えを打ち明けて、

気持ちを言葉にする。


そして返ってくる

「わかる」「その気持ち、当然だよ」という言葉。


その瞬間、心は落ち着きます。

でも不思議なことに、

それ以上話したい気持ちが消えることがあります。


共感は、

思考や感情の終点になってしまうことがあるのです。


 

 

 

 

■ 「分かってもらえた」=「もう説明しなくていい」


人は本当は、

解決よりも、変化よりも、

「説明し続ける理由」を必要としているのかもしれません。


理解された瞬間、

・考えを深める必要

・前に進む動機

・言葉を探すエネルギー


それらが一気に静まる。


だから、少し冷める。

満たされたのではなく、止まっただけなのに。


 

 

 

 

■ 共感は、優しすぎるブレーキ

 

共感は悪者ではありません。

ただ、使い方を間違えると、

相手の思考や挑戦をそこで終わらせてしまう


「それで、どうしたい?」

「そこから何が気になってる?」


理解のあとに、

ほんの少しの“余白”や“問い”がないと、

共感はブレーキになります。


 

 

 

 

■ 理解されない余白が、人を前に進める


完全に理解されないこと。

少しズレたまま残ること。


それが、

考え続ける理由になり、

動き続けるエネルギーになる。


人は、

理解されることで癒され、

理解されきらないことで進んでいく

のかもしれません。

 

 

 

 

 

それではまた明日──

 

SOWN 代表

片倉

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