「最近どう?」と聞かれて、
反射的に「忙しくて」と答えてしまうことがあります。
本当に忙しい日もあります。
でも、ふと振り返ると——
“忙しい”と言っている間、
あまり何も考えていなかった、という日も多い。
忙しさは、ときどき
考えなくて済むための、ちょうどいい理由になります。
忙しい=充実、ではない
忙しいこと自体が悪いわけではありません。
やることが多い日、予定が詰まっている日には
達成感や手応えもあります。
ただし、
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忙しさが「目的」になっているとき
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忙しくしていないと不安なとき
それは少し別の話です。
忙しさは、
中身を問われにくい状態でもあります。
立ち止まると、考えてしまうこと
立ち止まると、
自然といろいろな問いが浮かびます。
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この仕事は、自分に合っているのか
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今の生活に、納得しているか
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本当は何がしたいのか
これらは、すぐ答えが出る問いではありません。
だからこそ、人は無意識に避けたくなります。
忙しくしていれば、
これらの問いは一時的に消えてくれます。
多忙は、最も手軽な思考回避
スマホを見る。
予定を詰める。
「忙しいからまた今度」と言う。
これらはすべて、
考えなくて済むための行動とも言えます。
忙しさは、
自分を守る“防音壁”のようなものです。
外からの音も、
内側から湧いてくる違和感も、
少しだけ聞こえなくしてくれます。
それでも、考える時間は消えない
ただし、
考えるべきことは消えません。
忙しさが途切れた瞬間や、
夜、ふと静かになったときに、
まとめてやってきます。
だから怖いのは、
忙しいことではなく、
忙しさがなくなったときなのかもしれません。
終わりに
もし最近、
「忙しい」と何度も口にしているなら。
それは本当に、
やりたいことで忙しいのか。
それとも、
考えないために忙しくしているのか。
たまには、
予定を入れない時間を作ってみてもいいのかもしれません。
忙しさの奥に、
自分が避けていた問いが、
静かに待っているかもしれないから。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉