人は「好きなもの」より、「嫌いなもの」で繋がりやすい

人は「好きなもの」より、「嫌いなもの」で繋がりやすい

 

── 共感の即効性について

 

嫌い、はすぐに共有できる

 

「これ、苦手なんだよね」

「正直、ああいう人無理でさ」


こんな言葉が出たとき、不思議と会話はスムーズに進みます。

相手が「わかる、それ嫌だよね」と返した瞬間、

一気に距離が縮まる感覚があります。


好きなものの話よりも、

嫌いなものの話のほうが、

なぜか“通じ合えた”感じが早い。


これは偶然ではない気がします。

 

 

 

 

 

 

嫌い、は意見がはっきりしている

 

「好き」は、実はとても曖昧です。

理由も言語化しづらいし、人によって解釈も違う。


でも「嫌い」は違います。


・うるさい

・疲れる

・合わない

・違和感がある


ネガティブな感情は、輪郭がくっきりしている。

だからこそ、他人と共有しやすい。


共感のスピードが速いのは、

嫌いという感情が、説明を必要としないからなのかもしれません。

 

 

 

 

 

「敵が同じ」だと、仲間になりやすい

 

心理的に見ると、

人は「共通の好き」よりも

「共通の嫌い」を持ったときのほうが、

強く結束します。


それはたぶん、

「この人は、自分を脅かさない」

という安心感が生まれるから。


同じものを嫌っている=

価値観の地雷が重なっている。


安心と引き換えに、

私たちは一瞬で仲間意識を持ちます。

 

 

 

 

 

でも、その共感は分断も生む

 

ここが少し厄介なところです。


嫌いで繋がる関係は、

とても居心地がいい反面、

輪の外側を自然に作ってしまいます。


「あれが好きな人は、ちょっと違うよね」

「その価値観、合わないな」


共感は、同時に境界線を引きます。


安心は生まれるけれど、

世界は少しだけ狭くなる。

 

 

 

 

 

好きで繋がる関係は、時間がかかる

 

好きなもので繋がるには、

説明が必要です。


「どこがいいのか」

「なぜ惹かれるのか」

「どんな感覚なのか」


言葉を探し、

相手の反応を見て、

少しずつ擦り合わせる。


だから時間がかかるし、

すぐには盛り上がらない。


でも、だからこそ壊れにくい。

 

 

 

 

 

嫌いで繋がるのは悪くない


でも、それだけだと疲れる


嫌いで共感すること自体は、悪いことではありません。

むしろ、人間らしいし、自然です。


ただ、

嫌いだけで成り立つ関係は、

ずっと続けると、少し息苦しくなる。


不満が尽きないからです。

 

 

 

 

 

たまには、好きの話をしてみる

 

盛り上がらなくてもいい。

理解されなくてもいい。


「実は、これが好きでさ」

その一言は、少し勇気がいります。


でも、好きの話は、

分断を作らない。


ゆっくりだけど、

世界を広げてくれます。

 

 

 

 

 

共感の即効性に、依存しすぎない

 

嫌いで繋がるのは、速くて楽。

好きで繋がるのは、遅くて不安。


その違いを知った上で、

どちらも選べる状態でいたい。


共感の速さだけが、

人間関係の正解ではないから。

 

 

 

 

 

 

それではまた明日──

 

SOWN 代表

片倉

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