・はじめに
「ファッションは人を救う」——
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、私は本気でそう信じています。
SOWNというブランドを立ち上げた理由のひとつにも、この想いがあります。
装いを整えるということ。それは、ただ自分を飾るためではなく、
“自分の心を整える行為”でもあると思っています。
つらい日も、うまくいかない日も。
鏡の前で、そっとお気に入りの服を着たり、アクセサリーを身につけたりすると、
少しだけ心が軽くなる瞬間があります。
今日はそんな、私自身の原体験を通して、
「装いが心にもたらす力」について綴ってみようと思います。
・会社に行きたくなかった
2019年、新卒で入社した会社での最初の配属先は、広島でした。
山梨出身、大学は東京。知り合いはひとりもいない土地。
覚悟はしていたつもりでしたが、実際にひとりで赴任し、
毎日を過ごしてみると、想像以上に孤独で、重い時間が流れていきました。
職場には同年代の人はほとんどおらず、40代〜50代の方が多く、
空気感も、風習も、いわゆる“昭和的な文化”が色濃く残っていて。
紙の勤怠表にハンコを押すようなルールがいまだにあったり、
「修士卒なんだからできるでしょ」と、ほぼ放置のような扱いをされたり。
私自身、浪人と大学院進学で少し年齢が上がっていたこともあり、同期ともあまり馴染めず。
いつの間にか、誰にも本音を話せないまま、日々が過ぎていきました。
気づけば、毎朝目覚めるたびに「会社に行きたくない」と思うようになっていました。
・同時にコロナウイルスが流行
そんな私にとって唯一の救いは、学生時代から付き合っていた彼女が、
ときどき広島まで会いに来てくれることでした。
その時間だけが、心から安心できるひとときで、
「ああ、自分はちゃんと存在しているんだ」と感じられる瞬間でした。
けれど、2020年に入り、状況は大きく変わります。
新型コロナウイルスの流行により、移動にも規制がかかり、
彼女に会うこともできなくなりました。
緊急事態宣言が発令され、みんなが混乱のなかにいた時期。
でも、私にとってはそれ以上に、誰にも頼れず、完全に孤立したような感覚が強く残っています。
心身のバランスを崩しかけていたそのとき、
思いがけず私を救ってくれたのが、「装うこと」だったのです。
・ファッションを好きになる
緊急事態宣言中でも、当時の会社ではリモートワークは導入されず、出社は必須。
正直、毎日が本当につらくて、朝の支度をする手も気持ちも重かった。
そんなある日、「せめて何か、自分の気分が上がるようなことを」と思って、
いつもより洋服に少し気合を入れてみることにしたのです。
鏡の前でその姿を見たとき、ふと「なんかちょっとだけ、いいかも」と思えた。
それだけで、その日は少しだけ足取りが軽くなった気がしました。
そこから少しずつ、服やアクセサリーに興味を持つようになり、
毎朝、「今日は何を着ようかな」と考える時間が小さな楽しみになっていきました。
それまでの私は、どちらかというとファッションに無頓着で、
アクセサリーをつける習慣もなかったのに。
「お気に入りの服を身につける」
「好きなピアスをつけてみる」
そんな小さなアクションが、想像以上に心の状態を変えてくれることに気づいたのです。
・インスタントな自信が生まれる
「自信を持とう」
「自己肯定感を高めよう」
よく聞く言葉ですが、それができたら苦労しませんよね。
本来、自己肯定感というのは時間をかけて育てるものだと思います。
でも、ファッションは違います。
装いを整えることは、いわば“インスタントな自信”を生み出してくれる手段です。
鏡の前で「今日の自分、ちょっといいかも」と思えるだけで、
ほんの少し前向きになれる。
行きたくなかった場所にも、なんとなく足が向く。
誰かと話したくなる。
今日という日が、少しだけ変わって見える。
もちろん、その自信は一日で消えてしまうこともあるし、根っこの問題が解決するわけじゃない。
だけど、その“一瞬の力”があることで、救われる瞬間が確かにあるのです。
・装いで生き方が変わる
その後、私は当時担当していたスマートフォンのデザインから離れ、
よりファッションに関わるプロダクトを作りたいと思うようになりました。
そうして転職し、今は腕時計のデザインに携わっています。
また、「誰かの毎日に彩りを届けたい」という想いから、
このSOWNというブランドを立ち上げることになりました。
装いを整えることは、決して表面的なことではなく、
心を整え、生き方にも影響する行為です。
たとえば、女性であれば共感していただけるかもしれませんが、
すっぴんでコンビニに行くときと、しっかりメイクをして街に出るときでは、
気分も、自分への扱われ方も、まるで違う。
装いは、私たちが自分をどう扱うかという「意志」そのもの。
そしてそれが、まわりとの関わり方や、暮らしのリズムさえ変えてくれるのです。
・まとめ
ファッションは人を救う。
それは、決して大げさな言葉ではありません。
私自身が、それに救われた一人です。
心が沈んでいるとき、気分が乗らないとき。
それでも、「今日はこの服を着てみよう」と思えること。
その行為自体が、自分を大切にするということなのだと思います。
誰かの日常に、そっと光を差し込むようなプロダクトを届けたい。
そんな想いを込めて、私は日々、創作を続けています。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉