デザイナーという仕事には、表からは見えにくい「矛盾」があります。
そもそもデザイナーは、強いこだわりや、ちょっと変わった美意識を持っている人が多いもの。
独自の感覚を大事にして、普通とは違うものを好む──そういう性質そのものが“デザインの原動力”なのだと思います。
しかし、仕事としてのデザインは、まったく逆のことが求められます。
「マスに受けるものをつくること」。
大多数の人が“いい”と感じる形へ、自分の感性を寄せていく必要があるのです。
■ かっこいいもの、おしゃれなものが売れるわけではない
デザインの世界でよく誤解されるのが、
「かっこいいものを作れば売れる」という考え方。
実際はまったく違います。
ファッションひとつとっても、“おしゃれな人”はほんの一部で、
服にあまり興味がない人、選ぶ基準が「無難」「楽」「安い」という人のほうが圧倒的に多い。
私たちが「これいいな」と思う服は、社会全体で見ればマイノリティかもしれないのです。
家電も同じ。
たとえばバルミューダの家電はデザイン好きには魅力的ですが、世の中の大多数は
「安い」「壊れにくい」「機能が十分」
を優先します。外観のおしゃれさは意外と後回しです。
つまり、デザイナーが心から「これが美しい」と感じるものは、市場では必ずしも支持されない。
ここにデザイナーの難しさがあります。
■ マス受け=“普通”になってしまったら意味がない
とはいえ、企業としては「マスに届く」ことが重要です。
ただし、マスに寄せすぎると今度は“普通”になってしまい、
ブランドとしての意味や存在価値が薄れていきます。
求められるのは矛盾したバランス。
「マスに届くけれど、差別化はしている」
「多くの人が選べるけれど、自分のブランドらしさも失わない」
この境界線を見つけることが、デザインの最も難しい部分なのかもしれません。
■ 強いこだわりを“マスに翻訳する”というデザインの仕事
だからこそ、デザイナーに必要なのは、
自分のこだわりを抑えることではなく、
こだわりを“マスが理解できる形”へ翻訳する力だと思います。
デザイナー自身が持つ尖った感性を、社会にそのまま投げ込むのではなく、
誰かの日常にそっと馴染むかたちへ整えていく作業。
そのプロセスこそが、良いデザインを生み出すための「目に見えない仕事」なのです。
■ デザイナーという仕事の本質
結局のところ、デザイナーとは
個性と普遍性のあいだを揺れながら歩く人
なのだと思います。
自分の感性を大切にしながらも、誰かの生活に寄り添う形へと調整していく。
その矛盾を受け入れ、楽しめる人だけが、
“自分らしさ”と“社会性”の両方を満たすデザインを生み出していけるのだと思います。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉