なぜ、そこに座る?

なぜ、そこに座る?

 

 

── 人との距離感は、意外と適当なのかもしれない

電車に乗っていると、ときどき不思議なことがある。

席がけっこう空いているのに、

なぜか隣に座ってくる人がいる。

自分の隣だけが埋まる。

その人から見れば、

「ここ、空いてる」

というだけなのだろうけど、

こちらからすると、

「いや、他にもいっぱい空いてますけど?」

と思う。

一つ空けてもいい。

二つ空けてもいい。

なんなら反対側にも空席がある。

それなのに、なぜか隣。

ちょっとだけ不思議だ。

 

 

 

 

 

男子トイレでも、なぜか隣に来る

 

これ、電車だけではない。

男子トイレの小便器でも起こる。

小便器が5つくらい並んでいて、

自分が端で用を足している。

隣は空いている。

その隣も空いている。

なのに、

なぜか隣に来る。

「そこ!?」

と思う。

いや、もちろん何も悪いことではない。

使ってはいけないルールもない。

完全に自由だ。

でも、こっちとしては、

「できれば、もう一個くらい空けない?」

と思ってしまう。

そして、その人が来た瞬間、

自分もなんとなく落ち着かなくなる。

たぶん相手は何も考えていない。

こっちだけが勝手に考えている。

 

 

 

 

 

もしかすると、本人は何も考えていない

 

ここが一番面白い。

「なんで隣に来たんだろう?」

と考えてみても、答えは分からない。

もしかしたら、

そこが一番使いやすかったのかもしれない。

もしかしたら、空いている場所を見ていなかったのかもしれない。

もしかしたら、

「人が一人いるから、この辺でいいか」

くらいの感覚だったのかもしれない。

つまり、

こちらが感じているほど、相手には意味がない。

これって、結構よくあることなのではないかと思う。

 

 

 

 

 

人は、自分が思うほど他人を見ていない

 

例えば街を歩いていて、

「今、変な歩き方をしてなかったかな」

とか、

「さっきの発言、変に思われたかな」

とか、

「この服、浮いてないかな」

と気にすることがある。

でも、たぶん周りの人は、そこまで自分を見ていない。

自分が誰かの服装を一日中覚えていないのと同じで、

他人も、自分のことをそんなに覚えていない。

隣に座った人だって、

「この人の隣に座ろう」

と考えているわけではなく、

ただ、

「ここ空いてる」

と思っただけかもしれない。

そう考えると、少し気が楽になる。

 

 

 

 

 

人との距離感は、もっと適当でいいのかもしれない

 

僕たちは、人との距離を意外と細かく考えている。

近すぎると嫌だ。

遠すぎると寂しい。

話しかけるタイミングはこれくらい。

LINEを返すのは早すぎない方がいい。

何回くらい誘ったらしつこいと思われる。

仕事ではここまで踏み込んでいい。

友達ならここまで言っていい。

人間関係には、なんとなく「適切な距離」があるように思う。

でも、実際のところ、

人によって全然違う。

同じ距離でも、

「近い」と感じる人もいれば、

「普通」と感じる人もいる。

そして、その距離感を毎回正確に測っている人なんて、たぶんいない。

案外、

「なんとなく」

で決めている。





「なんとなく隣」が、意外と人間らしい

 

そう考えると、

「席が空いているのに隣に来る人」

も、そんなに不思議ではないのかもしれない。

人はいつも合理的に行動しているわけではない。

一番空いている席を選ぶわけでもない。

一番快適な場所を計算するわけでもない。

その瞬間に、

「なんとなくここ」

と思った場所に行く。

そして、それはたぶん自分も同じだ。

僕だって、誰かから見れば、

「なんでそこ選んだの?」

と思われることがあるはずだ。

カフェで座る席。

レストランで選ぶ席。

買い物で手に取るもの。

人との付き合い方。

仕事で選ぶ方法。

後から考えれば、

「別にこっちでもよかったな」

と思うことはいくらでもある。

でも、そのときは、

「なんとなく、こっちだった」

だけなのだ。

 

 

 

 

 

「なんで隣に来るの?」から考えてみる

 

電車で隣に座られたとき、

「なんでわざわざ隣に来るんだよ」

と思う。

でも、少し考えてみると、

相手には相手の世界がある。

こちらには見えていない理由があるのかもしれない。

あるいは、理由なんてないのかもしれない。

ただ、そこが空いていた。

それだけ。

そう考えると、

他人の行動を必要以上に意味づけしなくてもいい気がしてくる。

自分が嫌われているから近づいてこない。

自分が好かれているから近づいてくる。

自分を意識しているから隣に座る。

そんなふうに、いちいち理由をつけなくてもいい。

人は意外と、

そんなに深く考えずに生きている。

そして、たぶん自分もそうだ。

 

 

 

 

 

だから、少しくらい適当でいい

 

「人との距離感を大切にする」というのは、

相手のことを考えることでもある。

でも、

「相手はどう思うだろう」

と考えすぎると、

自分の行動まで窮屈になってしまう。

少しくらい、

「まあ、なんとなく」

でいい。

 

そうやって、実際に人と関わりながら、

ちょうどいい距離を探していけばいい。

電車で隣に座る人を見ていると、

人との距離感なんて、

案外そんなものなのかもしれないと思う。

席がたくさん空いているのに、

なぜか隣に来る。

「なぜ?」

と考えても、答えはたぶん分からない。

でも、そんな小さな「なぜ?」があるから、

日常はちょっと面白い。

そしてもしかすると、

人との距離も、人生の選択も、思っているほど緻密に決められていない。

「なんとなく、ここ。」

それくらいの感覚で選んだ場所が、

案外、自分にとってちょうどいい場所だったりするのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

それではまた明日──


SOWN 代表

片倉

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