── どの面倒なら、引き受けるのか
「面倒くさいなあ」
日常生活で、
かなり頻繁に使う言葉だと思います。
料理するの面倒。
掃除するの面倒。
運動するの面倒。
人に会うのも面倒。
仕事をするのも面倒。
できることなら、
全部やりたくない。
そんな日もあります。
でも、
最近思うのです。
「面倒くさい」には、二種類あるのではないか。
やりたくない面倒
一つ目は、
本当にやりたくない面倒。
例えば、
興味もない飲み会に参加する。
付き合いだけで人に会う。
必要のない仕事を延々とする。
なんとなく惰性で続けていることに、
時間を使う。
こういう面倒は、
終わっても、
あまり何も残りません。
疲れるだけ。
「やっぱり行かなければよかった」
と思うこともあります。
こういうものは、
できるだけ減らしていいと思います。
「やった方がいい」と分かっている面倒
一方で、
もう一種類の面倒があります。
料理するのは面倒。
でも、
自分で作ったご飯を食べると、
「やっぱり作ってよかった」
と思う。
運動するのも面倒。
でも、
終わった後は、
「体を動かしてよかった」
と思う。
部屋の掃除も面倒。
でも、
綺麗になった部屋を見ると、
気持ちがいい。
久しぶりの友人に会うのも、
予定を合わせるのは面倒。
でも、
会ってみると、
「やっぱり会ってよかった」
と思う。
こういう面倒もあります。
面倒なのに、やってよかった
この二つは、
同じ「面倒くさい」でも、
全然違います。
どちらも、
やる前は面倒です。
でも、
終わった後の感覚が違う。
前者は、
「疲れた」
で終わる。
後者は、
「面倒だったけど、やってよかった」
になる。
だったら、
大事なのは、
面倒くさいかどうかではなく、どんな面倒くささなのか
なのかもしれません。
「面倒だからやらない」は、少し危険
もちろん、
面倒なことを全部やる必要はありません。
むしろ、
大人になればなるほど、
「やらなくていい面倒」を減らすことは、
かなり重要だと思います。
でも、
「面倒だからやらない」
だけで判断してしまうと、
少しもったいない。
なぜなら、
自分にとって大切なことの中にも、
面倒なものがたくさんあるからです。
例えば、
健康。
運動するのは面倒。
食事を考えるのも面倒。
睡眠時間を確保するのも、
時には面倒。
でも、
それを全部、
「面倒だから」で避けていると、
後からもっと大きな面倒がやってくる。
仕事でも同じです。
新しいことを勉強する。
面倒な資料を作る。
何度も考え直す。
人に相談する。
失敗して、
またやり直す。
その瞬間は、
かなり面倒です。
でも、
後から振り返ると、
その面倒な経験が、
自分の力になっていたりします。
未来の自分が喜ぶ面倒
最近は、
「タイパ」という言葉をよく聞きます。
できるだけ効率よく。
できるだけ短時間で。
できるだけ無駄なく。
それ自体は、
とても合理的です。
でも、
効率だけを考えると、
「面倒だけど、やった方がいいこと」
まで削ってしまうことがあります。
手料理より、
外食の方が楽。
散歩するより、
家で動画を見る方が楽。
人に会うより、
家で一人で過ごす方が楽。
勉強するより、
スマホを見る方が楽。
確かに、
今この瞬間だけを考えれば、
その方が楽です。
でも、
数時間後、
数日後、
数年後の自分から見たら、
どちらが良かったのでしょうか。
だから、
「面倒だからやらない」
ではなく、
「これは、誰のための面倒なのか」
と考えてみる。
今の自分を楽にするために、
やらないのか。
それとも、
未来の自分を少し楽にするために、
あえて面倒を引き受けるのか。
ここを考えるだけで、
少し判断が変わる気がします。
面倒を減らすことと、面倒を選ぶこと
大人になると、
「面倒なことを減らす」
というのは、
かなり大切です。
無駄な付き合いを減らす。
必要のない作業を減らす。
嫌な人との関係を減らす。
自分にとって必要のないものを手放す。
そうやって、
自分の時間を守る。
でも、
その一方で、
「これは面倒だけど、やりたい」
というものは、
残しておく。
料理。
運動。
旅行。
友人との時間。
趣味。
仕事へのこだわり。
そういうものには、
多少の面倒くささが、
セットになっていることがあります。
考えてみれば、
人生は、
面倒なことだらけです。
でも、
そのすべてをなくしてしまったら、
意外と何も残らないのかもしれません。
美味しい料理には、
作る手間がある。
旅行には、
計画する手間がある。
人間関係には、
予定を合わせる手間がある。
何かを上達するには、
練習する手間がある。
好きなものを作るには、
考える手間がある。
だから、
面倒くさいことが、
必ずしも悪いわけではない。
大切なのは、
「面倒くさいからやらない」ではなく、 「どの面倒なら引き受けたいか」
を自分で決めることなのだと思います。
ただ自分を消耗させる面倒は、
減らしていい。
でも、
終わった後の自分が、
「やってよかった」
と思える面倒なら、
少しくらい引き受けてもいい。
むしろ、
そういう面倒の中に、
自分の人生を豊かにしてくれるものが、
意外とたくさんあるのかもしれません。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉