誰にも評価されない時間の価値

誰にも評価されない時間の価値

 

── SNSに載らない幸福


 

評価される時間が、当たり前になりすぎた


私たちは、気づかないうちに

「評価される時間」を前提に生きるようになりました。


仕事の成果、投稿へのいいね、反応の数。

何かをしたら、誰かに見られて、何かしらの評価が返ってくる。


それは分かりやすく、達成感もあります。

でも同時に、「評価されない時間」は、

どこか無意味なもののように扱われがちです。

 

 

 

 

 

 

SNSに載らない時間は、存在しない?

 

例えば、


・何となく淹れたコーヒーを、ひとりで飲む時間

・夜に音楽を聴きながら、ぼーっとする時間

・誰にも言わずに考え事をしている時間


これらは、基本的にSNSには載りません。

載せたところで、反応も薄いかもしれません。


でも、そういう時間こそ、

本当は一番「自分」に近い時間なのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

内向きの満足

 

評価される満足は、外側からやってきます。

数字、言葉、反応として、分かりやすく届く。


一方で、内向きの満足はとても静かです。

拍手もなく、称賛もなく、

「なんとなく良かった」という感覚だけが残る。


だからこそ、気づきにくいし、軽視されやすい。

でも、その静かな満足が積み重なって、

心の土台は作られていく気がします。

 

 

 

 

 

成果がなくても、意味はある

 

何も生み出していない時間。

誰にも共有していない時間。

評価に変換できない時間。


それらは、効率的ではないかもしれません。

でも、人が人でいるためには、

そういう「何者にもならない時間」が必要なのだと思います。


常にアウトプットし続けることは、

どこかで心をすり減らしてしまいます。

 

 

 

 

 

誰にも見せない時間を、大切にする

 

誰にも見せないからこそ、

無理に良く見せる必要がない。


上手くなくていいし、深くなくてもいい。

ただ、自分が心地いいかどうかだけ。


SNSに載らない幸福は、

外からは見えないけれど、

確かに、人生を支えてくれています。


たまには、

「これは誰にも見せなくていい時間だな」

そう思える時間を、意識的に持ってみてもいいのかもしれません。

 

 

 

 

 

それではまた明日──

 

SOWN 代表

片倉

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