自分には、センスがある

自分には、センスがある

 

── 本当にあるかどうかは、分からなくてもいい

 

「自分にはセンスがある」

そう思っています。

 

もちろん、

本当にセンスがあるのかは分からない。

誰かに証明してもらったわけでもない。

コンテストで一番になったわけでもない。

世の中には、自分よりセンスのある人なんてたくさんいる。

だから、

「自分には絶対にセンスがある」

と言い切れるほど、自信があるわけでもない。

それでも、

自分にはセンスがあると思っていることは、大事だと思う。

 

 

 

 

 

センスは、点数をつけられない

 

センスって、不思議なものだ。

数学なら、答えがある。

スポーツなら、タイムや得点がある。

仕事だって、売上や数字で評価できるものがある。

でも、センスには、

「あなたは82点です」

という答えがない。

 

ある人には「すごくいい」と言われたものが、

別の人には「よく分からない」と言われる。

だから、

自分にセンスがあるのかどうかなんて、

本当のところは誰にも分からないのかもしれない。

それなのに、

「センスがある人になりたい」

と思ってしまう。

そして、

「自分にはセンスがないのかもしれない」

とも思ってしまう。

 

 

 

 

 

否定されることは、普通にある

 

何かを作っていると、

当然、否定されることがある。

「こっちの方がいいんじゃない?」

「これはあまり好きじゃない」

「その方向では売れないと思う」

「もっと普通にした方がいい」

いろいろな意見がある。

仕事なら、

自分が一生懸命考えたものが、

あっさり却下されることもある。

最初の頃は、

そういうことがあるたびに、

「自分にはセンスがないのかな」

と思ってしまう。

でも、よく考えてみると、

それは少し違う。

否定されたのは、

自分のセンスではなく、自分が出した一つの答えなのだ。

 

 

 

 

 

「案がダメ」と「自分がダメ」は違う

 

例えば、

自分が出したデザインが採用されなかったとする。

その理由は、

ターゲットに合わなかったのかもしれない。

価格に合わなかったのかもしれない。

ブランドの方向性と違ったのかもしれない。

タイミングが悪かったのかもしれない。

単純に、相手の好みではなかったのかもしれない。

それなのに、

「この案がダメだった」

から、

「自分にはセンスがない」

まで話を大きくしてしまう。

これは、かなり危険だと思う。

一つの失敗から、

自分全体を否定してしまうからだ。

 

 

 

 

 

自分にセンスがあると思っている人は、折れにくい

 

逆に、

「自分にはセンスがある」

と思っていると、

否定されたときに少し違う反応ができる。

「今回は違ったか」

と思える。

「この人には刺さらなかったか」

と思える。

「じゃあ、もう一回考えてみよう」

と思える。

もちろん、落ち込む。

悔しいこともある。

でも、

自分そのものまで否定しなくて済む。

これは、かなり大きい。

自分の中に、

「センスがある」という土台があるから、

その上にある一つのアイデアが否定されても、

全部が崩れない。




 

 

センスは、後からついてくることもある

 

もちろん、

センスは生まれつきだけのものでもないと思う。

たくさん見る。

たくさん聞く。

たくさん触れる。

たくさん作る。

失敗する。

誰かのものを見て、

「これ、いいな」

と思う。

逆に、

「これは好きじゃないな」

と思う。

そういう経験が少しずつ積み重なって、

自分の中の基準ができていく。

だから、

今の自分にどれくらいセンスがあるのかなんて、

そんなに気にしなくてもいい。

センスは、

使い続けることで育っていくものでもある。





自分の感覚を、他人に預けすぎない

 

人から褒められると、

「やっぱり自分にはセンスがある」

と思う。

人から否定されると、

「やっぱり自分にはセンスがない」

と思う。

これを繰り返していると、

自分の感覚を、

他人の評価に預けることになる。

もちろん、人の意見は大切だ。

仕事なら、

自分だけの感覚で決めるわけにはいかない。

相手の意見を聞く。

修正する。

学ぶ。

それは必要だ。

でも、

意見を聞くことと、自分の感覚を捨てることは違う。

「なるほど、そういう見方もある」

と思いながら、

自分の中に残るものもある。

その残ったものが、

自分のセンスになっていくのだと思う。

 

 

 

 

 

「自分にはセンスがある」は、最初に持つ

 

センスがあるから、

「自分にはセンスがある」

と思えるのではない。

もしかすると、

「自分にはセンスがある」

と思いながら、

たくさん作って、

たくさん失敗して、

たくさん否定されて、

その結果として、

少しずつ本当にセンスがついてくるのかもしれない。

だから、

証明されるのを待たなくてもいい。

誰かに認めてもらう必要もない。

今の自分が、

「自分にはセンスがある」

と思っていていい。

それは、

自分を過大評価することではない。

 

誰かに否定されたとき、

「自分にはセンスがない」

と思ってしまうと、

次に何かを作るのが怖くなる。

でも、

「今回はダメだった。でも、自分にはセンスがある」

と思えれば、

また次を出せる。

そして、

また否定されるかもしれない。

 

それでも、

また考えられる。

また作れる。

また好きなものを探せる。

その繰り返しが、

いつか本当のセンスをつくっていくのかもしれない。

だから僕は、

これからも、

「自分にはセンスがある」

と思っていたい。

 

そう思っている自分の方が、きっとたくさん挑戦できる。

そして、

たくさん挑戦できる自分の方が、

少しずつセンスのある人に近づいていく気がする。

センスがあるかどうかは、

まだ分からない。

でも、

自分の感覚を信じることだけは、

自分で決めていいのだと思う。

 

 

 

 

それではまた明日──


SOWN 代表

片倉

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