── どちらも“選択”である
会社で働いていると、
どうしても理不尽に出会います。
納得できない指示。
不公平な評価。
曖昧なルール。
そのたびに考えることがあります。
これは、戦うべきなのか。
それとも、諦めるべきなのか。
すべてに戦うのは、現実的ではない
まず前提として、
すべての理不尽に戦うことはできません。
時間も、エネルギーも限られている。
ひとつひとつに反応していたら、
それだけで消耗してしまう。
だからこそ必要なのは、
どこで戦い、どこで流すかという判断です。
戦うべき理不尽
戦ったほうがいい場面も、確かにあります。
・自分だけでなく、周囲にも影響が出ている
・明らかに構造としておかしい
・長期的に見て改善しないと損失が大きい
こういう場合は、
一時的に摩擦があっても、
声を上げる価値がある。
ただし、感情ではなく、
冷静に伝えることが前提です。
諦めるべき理不尽
一方で、
受け流したほうがいい理不尽もあります。
・すぐには変えられないもの
・影響範囲が限定的なもの
・自分のコントロール外にあるもの
これらに対して、
正面から戦い続けるのはコストが高すぎる。
諦めるというより、
**「関わり方を変える」**に近いかもしれません。
問題は、「無意識に選んでいること」
一番避けたいのは、
無意識に反応してしまうことです。
なんとなく我慢する。
なんとなく反発する。
どちらも、
自分で選んでいない状態。
戦うか、諦めるかは“戦略”
大事なのは、
どちらが正しいかではなく、
どちらを選ぶかです。
戦うことで得られるもの。
諦めることで守れるもの。
それを天秤にかけて、
自分で決める。
問い
いま感じている理不尽は、
戦う価値がありますか。
それとも、
手放したほうがいいものですか。
どちらを選んでもいい。
ただし、それを“自分で選んでいる”こと。
それだけで、
同じ状況でも、感じ方は大きく変わるはずです。
理不尽にどう向き合うかは、
環境ではなく、
自分のスタンスで決まるのかもしれません。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉