── ダメージをゼロにするのではなく、軽くする
仕事をしていると、
怒られたり、注意されたりすることは避けられません。
そのたびに大きく落ち込んでいたら、
正直、心がもたない。
だから必要なのは、
「怒られないようにすること」だけではなく、
怒られることに慣れることなのかもしれません。
怒られること=悪いこと、ではない
まず前提として、
怒られること自体が、すべて悪いわけではありません。
・ミスの指摘
・方向性の修正
・期待とのズレ
そこには、改善のヒントが含まれていることも多い。
もちろん、理不尽なものもあります。
でもすべてを同じ重さで受け取っていると、
必要以上に消耗してしまう。
慣れている人は、受け流し方を知っている
たとえば、学生時代に部活で
先生やコーチに怒られていた人。
彼らは、怒られること自体に
そこまで強いダメージを受けません。
なぜか。
「これは一時的なものだ」と分かっているから。
怒られた=終わりではない。
そのあと普通に練習が続き、
また次に進む。
この感覚を持っているだけで、
受け止め方はかなり変わります。
すべてを自分の価値と結びつけない
怒られるとき、私たちはつい
「自分がダメなんだ」と感じてしまう。
でも実際は、
・やり方が違った
・認識がズレていた
・タイミングが悪かった
といった、部分的な話であることがほとんどです。
それを「自分全体の否定」として受け取ると、
必要以上に傷ついてしまう。
怒られ慣れる=鈍感になる、ではない
ここで誤解したくないのは、
怒られ慣れることは、
何も感じなくなることではないということ。
大事なのは、
-
受け取るべき部分は受け取る
-
流していい部分は流す
この仕分けです。
全部を真正面から受け止める必要はないし、
全部を無視するのも違う。
少しずつ、軽くなっていく
最初は、誰でも落ち込みます。
それでいい。
でも、回数を重ねるうちに、
少しずつダメージは軽くなる。
「あ、またか」
「はい、直します」
それくらいの距離感で受け取れるようになると、
仕事はかなり楽になります。
問い
あなたは、怒られることを
どれくらい重く受け取っていますか。
怒られないことを目指すよりも、
怒られても崩れない状態をつくる。
その方が、長く働くうえでは
現実的なのかもしれません。
怒られ慣れることは、
強くなることではなく、
折れにくくなることなのだと思います。