── 手間が生む豊かさ
私たちの暮らしは、
どんどん便利になっています。
ボタン一つで料理ができる。
ネットで何でも買える。
AIが文章を書いてくれる。
移動も、支払いも、
昔よりずっと効率的になりました。
それは、とても素晴らしいことです。
でも最近、
「少し不便なもの」に惹かれることがあります。
手間を楽しむ時間
例えば、
ハンドドリップでコーヒーを淹れる。
お湯を沸かして、
豆を挽いて、
ゆっくりお湯を注ぐ。
全自動のコーヒーメーカーなら、
もっと早く飲めるかもしれません。
それでも、
その手間ごと楽しんでいる人は少なくありません。
コーヒーを飲むだけではなく、
コーヒーを淹れる時間を味わっているのです。
不便だからこそ、記憶に残る
フィルムカメラもそうです。
撮った写真をその場で確認できない。
何枚も撮れない。
現像しないと見られない。
効率だけを考えれば、
スマートフォンの方が圧倒的に便利です。
それでも、
フィルムカメラには根強い人気があります。
一枚一枚を大切に撮る。
出来上がるまで待つ。
その少しの不便さが、
写真への愛着を育てているのかもしれません。
手料理も同じ
料理もそうです。
買えば数分で食べられる時代に、
休日を使って何時間も料理をする。
食材を選ぶ。
下ごしらえをする。
味を調整する。
決して効率は良くありません。
でも、
その時間があるからこそ、
完成した一皿が特別になります。
効率では測れない価値
もちろん、
便利なことは悪いことではありません。
私も日々、
便利なサービスに助けられています。
でも、
人生の豊かさは、
効率だけでは測れない気がします。
少し遠回りする。
少し時間をかける。
少し手間をかける。
その過程そのものが、
楽しさや思い出になっていることがあります。
不便さは、余白でもある
便利なものは、
目的地まで最短で連れて行ってくれます。
一方で、
少し不便なものは、
その途中を楽しませてくれます。
待つ時間。
考える時間。
手を動かす時間。
そんな余白があるからこそ、
心が満たされることもあります。
問い
あなたの暮らしの中に、
少し不便だけれど好きなものはありますか。
時間がかかる。
少し面倒。
それでも、
なぜかやめられない。
そんなものが一つでもあるなら、
それは効率ではなく、
豊かさを与えてくれる存在なのかもしれません。
便利さは、
暮らしを快適にしてくれます。
でも、
少し不便なものは、
暮らしを味わわせてくれます。
効率だけを求める時代だからこそ、
あえて手間をかける時間には、
数字では測れない価値があるのかもしれません。
それではまた明日──
SOWN 代表
片倉