作る側は、膨大な量を考えている

作る側は、膨大な量を考えている

 

私たちは毎日、

たくさんのものを受け取っています。

アニメーション。

漫画。

映画。

音楽。

プロダクト。

広告。

Webサイト。

デザイン。

その多くは、

ほんの一瞬で消費されていきます。

アニメの1秒。

漫画の1ページ。

商品のパッケージを見て、

「かっこいい」と思う数秒。

私たちにとっては、

それくらいの時間かもしれません。

でも、

その一瞬を作るために、

作り手は膨大な時間を使っています。


 

 

 

 

1秒のために、何時間も考える

 

例えば、

アニメーションのたった1秒。

そこには、

どんな動きをさせるのか。

どのタイミングで動かすのか。

どのくらいの速さにするのか。

どんな表情にするのか。

カメラをどこに置くのか。

音をどう合わせるのか。

さまざまな判断があります。

漫画の1ページも同じです。

どのコマを置くのか。

どんな構図にするのか。

セリフをどうするのか。

余白をどれくらい取るのか。

読者の視線をどこに誘導するのか。

完成したページだけを見ると、

当たり前のように見えるかもしれません。

でも、

その「当たり前」を作るために、

膨大な量の思考があります。


 

 

 

 

デザインも同じ

 

これは、

自分がデザインをしていても感じます。

完成したプロダクトだけを見ると、

「この形にしただけ」に見えるかもしれません。

でも実際には、

何十個、何百個という案を考えて、

試して、

違うと思って捨てて、

また作って。

その中から、

最後に一つだけが残ります。

受け取る側が見るのは、

その「最後に残った一つ」です。

その裏側にあった、

大量のボツ案や迷いや試行錯誤は、

ほとんど見えません。


 

 

 

 

良いものほど、努力が見えない

 

面白いのは、

作り手の努力が見えないものほど、

完成度が高く見えることです。

使い方を考えなくても使える。

違和感なく画面を操作できる。

自然に感情が動く。

「なんとなくかっこいい」と感じる。

それは、

作り手がたくさん考えた結果、

考えた跡を消しているからなのかもしれません。

努力が見えないこと自体が、

一つの完成形なのだと思います。


 

 

 

 

一瞬で受け取れるものほど、時間がかかっている

 

私たちは、

「すぐに理解できるもの」

「すぐに楽しめるもの」

を簡単に作れるものだと思いがちです。

でも、

その逆なのかもしれません。

一瞬で伝わるようにするために、

作り手が膨大な量を考えている。

迷って、

試して、

削って、

また考える。

そうやって、

受け手には「一瞬」で届くものが作られています。


 

 

 

 

だから、少しだけ想像してみる

 

映画を見たとき。

漫画を読んだとき。

新しい商品を手に取ったとき。

「これ、どれくらい考えて作られたんだろう。」

そう想像してみると、

今までとは少し違って見えるかもしれません。

目の前にあるのは、

完成した一つのもの。

でも、その裏側には、

誰かが積み重ねた、

膨大な時間があります。


 

 

私たちが一瞬で受け取っているものは、

作り手にとっては、

決して一瞬ではありません。

一秒のために、

何時間も考える。

一ページのために、

何日も悩む。

一つの形にするために、

何百もの可能性を捨てる。

そうやって作られたものだからこそ、

私たちは何気なく見た一瞬の中に、

「なんかいいな」と感じるのかもしれません。

その「なんかいいな」の裏側には、

きっと誰かの、

膨大な思考があります。

 

 

 

 

 

それではまた明日──

 

SOWN 代表

片倉

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