「一口ちょうだい」は、食べ物の話ではない

「一口ちょうだい」は、食べ物の話ではない

 

── 人はなぜ、親しい人と同じものを食べたがるのか

「一口ちょうだい」

という言葉がある。

友達とご飯を食べているとき。

家族と食事をしているとき。

恋人やパートナーと一緒にいるとき。

自分が頼んでいないものを、

「それ、一口ちょうだい」

と言う。

 

逆に、

「これ美味しいよ。食べてみる?」

とすすめることもある。

考えてみると、

少し不思議な行動だ。

自分の料理を注文すればいいのに、

わざわざ人の料理を一口もらう。

しかも、

一口だけで満足する。

なぜだろう。

 

 

 

 

 

本当に「食べたい」だけなのか

 

もちろん、

単純に美味しそうだから、

という理由もある。

隣の人が食べているものが美味しそうに見える。

自分が頼んだものと味を比べてみたい。

珍しい料理だから、ちょっと試してみたい。

それは当然ある。

でも、

「一口ちょうだい」が、

それだけではないような気もする。

 

あまり親しくない人には、

なかなか言わない。

初対面の人に、

「それ、一口ちょうだい」

とは、あまり言わない。

 

仲のいい友達なら言える。

家族なら言える。

パートナーなら、もっと自然に言える。

つまり、

「一口ちょうだい」は、食べ物よりも距離感に関係しているのかもしれない。

 

 

 

 

 

一口だけ、同じものを食べる

 

人と食事をしていると、

それぞれ別のものを注文する。

自分はパスタ。

相手はハンバーグ。

それぞれ違うものを食べている。

でも、

「ちょっとちょうだい」

と言って一口交換する。

すると、

ほんの一瞬だけ、

同じものを食べることになる。

「これ美味しいね」

「本当だ」

「こっちも食べてみる?」

そんな会話が生まれる。

料理を共有したことで、

味覚まで少し共有できる。

同じものを食べるという、

小さな共通体験ができる。

もしかすると、

人はそれが嬉しいのかもしれない。

 

 

 

 

 

「美味しい」を共有したい

 

自分が美味しいと思ったものを、

誰かにも食べてもらいたくなることがある。

「これ、美味しいよ」

と言う。

そして、

「どう?」

と反応を待つ。

相手が、

「美味しい!」

と言ってくれる。

すると、

なぜか自分まで嬉しくなる。

自分が食べた味を、

相手も同じように感じてくれた。

それだけなのに、

少し嬉しい。

 

実際に一口食べてもらうと、

同じ味を体験できる。

「美味しい」という感覚を、少しだけ一緒に持てる。

それが、

「一口ちょうだい」の面白さなのかもしれない。

 

 

 

 

 

同じものを食べると、会話が生まれる

 

食事中に、

「これ美味しいね」

と言う。

すると、

「こっちも美味しいよ」

と返ってくる。

「一口食べる?」

「じゃあ、こっちもどうぞ」

そこから、

「こういう味好きなんだよね」

「この店、また来たいね」

と話が続いていく。

食べ物は、

会話のきっかけにもなる。

だから、

一緒に食事をするというのは、

単純にお腹を満たすだけではない。

同じものを見て、

同じものを食べて、

同じ時間を過ごす。

そういう小さな共通体験が、

人との距離を少し縮めているのだと思う。

 

 

 

 

だから、一口でいい

 

面白いのは、

「一口」でいいことだ。

全部食べたいわけではない。

自分の料理もある。

お腹が空いているわけでもない。

ただ、

ちょっとだけ食べてみたい。

ちょっとだけ共有したい。

そのくらいでいい。

人との距離も、

もしかすると同じなのかもしれない。

ずっと一緒にいなくてもいい。

全部を分かり合わなくてもいい。

同じ趣味じゃなくてもいい。

ほんの少し、

同じものを見たり、

同じことで笑ったり、

同じものを美味しいと思ったりする。

そういう瞬間があれば、

人は十分に近くなれる。

 

食べ物を分けるのではなく、体験を分けている

 

考えてみれば、

一口分の料理なんて、

たいした量ではない。

数十秒で食べ終わる。

それなのに、

その一口をきっかけに、

会話が生まれる。

笑ったりする。

「美味しいね」と言い合う。

そして、

あとから思い出す。

そう考えると、

一口ちょうだいで分けているのは、

食べ物だけではないのかもしれない。

 

その瞬間の体験を、少しだけ分けている。

自分が感じた「美味しい」を、

相手にも味わってもらう。

相手が感じた「美味しい」を、

自分も味わう。

それだけで、

二人の間に一つの共通体験ができる。

だから、

「一口ちょうだい」は、

食べ物の話ではない。

たぶん、

「これを一緒に感じたい」

という話なのだと思う。

全部を共有する必要はない。

 

たまに同じものを食べて、

「美味しいね」

と言える。

そのくらいの共有が、

人との関係にはちょうどいいのかもしれない。

今日も誰かと食事をするとき、

「一口ちょうだい」

と言われたら、

少しだけ思ってみたい。

これは、

料理を分けているだけじゃない。

「美味しい」を、少し一緒にしているんだな。

 

 

 

 

 

それではまた明日──


SOWN 代表

片倉

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